RUN DIARYラン日記
走った日に、TikTokに書いた日記をそのまま載せています。
横の数字は、その日の adidas Running の記録です。
2026/10/7
本日も3キロ走った。
🏃 この日の記録:3.05km・15:51・5'12"/km
本日も3キロ走った。
夕方。
仕事も終わり、
外を見る。
「今日、走るんだった。」
出典:筆者のTikTok投稿
2026/10/5
「しか」と「も」
🏃 この日の記録:3.07km・15:59・5'12"/km
今日もadidas Runningを起動。
目的地はない。観光でもない。ただ3km走る。キロ5分。
これだけ聞くと、非常に健康的な人間に見える。
しかし実際の私は、走りながら街を眺めている。
信号。自転車。コンビニ。犬の散歩。そして、なぜか毎回気になる電柱。
「……今日も立ってるな」
電柱からすれば、こっちのほうが不審者である。
毎回同じ道を走っていると、街の変化にも気づく。
昨日まであった看板がなくなっている。知らない自転車が置いてある。誰かの家の植木が、突然ものすごい勢いで成長している。
街は毎日少しずつ変わっている。
でも自分はどうだろう。
体重は70kg前後をウロウロ。ペースはキロ5分。走る距離はいつもの3km。
数字だけ見ると、劇的な変化はない。
しかし、こうして走っていると、ひとつだけ変わったことがある。
以前なら、「今日は3kmしか走れなかった」と思っていた。
今は、「今日も3km走れた」と思う。
たった一文字の違い。
「しか」と「も」。
人生というものは、意外とこの二文字に支配されている。
3kmしか走れない。ではなく、3kmも走った。
そう思えるだけで、同じ距離なのに少し景色が違って見える。
今日もキロ5分。信号で止まり、人を避け、自転車に抜かれ、たまに追い抜き、そして3km。
華々しい記録ではない。大会でもない。誰かに表彰されるわけでもない。
それでも、今日の自分が昨日の自分に渡せるものはある。
「今日もちゃんと走ったぞ」
これだけ。
そして帰宅。スマホを見る。adidas Running、「3.00km」
完璧。
……ただし問題がひとつ。
走り終わった私より、3km走っても何も言わずに立っている電柱のほうが、今日も圧倒的に疲れていない。
明日も走ります。電柱に負けないために。
いや、そもそも電柱は走ってない。
出典:筆者のTikTok投稿
2026/10/4
【雨の日、ランナーは何をするのか。】
🏠 この日は走っていません
【雨の日、ランナーは何をするのか。】
朝。いつものように目を覚ました。時計を見る。まだ走れる時間だ。
私は布団から出た。ここまでは完璧だった。
そしてカーテンを開けた。
雨だった。かなり雨だった。
「……。」
人間というものは、人生で何度も雨を見る。旅行の日。遠足の日。洗濯物を干した直後。そして、「今日は走るぞ」と決めた日。
なぜだ。なぜ空は、私がランニングシューズを履こうとした瞬間だけ、急に本気を出すのか。
昨日まで空は言っていた。「明日は晴れるよ」そう聞こえた気がした。
しかし実際には、「明日は……知らんけど。」だったらしい。
私は窓の外を眺めながら、ランニングシューズを見る。シューズも私を見ている。たぶん。いや、見ているような気がする。
「今日、走らないんですか?」そんな顔をしている。
私は答える。「走りたいよ。」
シューズは黙っている。
「でも雨だから。」
さらに黙る。この沈黙が怖い。まるで会社を辞めると言った社員に対する上司の沈黙である。
私は仕方なく椅子に座った。するとスマートウォッチが、今日の運動量を確認しようとしてきた。
私は画面を見ない。怖いから。
今日の数字を見ると、私の中にいる小さな悪魔が、「じゃあ今日は何を食べてもいいですね」と言い出すからだ。
ランニングしない。消費カロリーが減る。でも食欲は通常営業。これが人間である。
雨の日の私は、カロリーを消費しない代わりに、言い訳を大量生産する。
「今日は休養日。」
「疲労回復もトレーニング。」
「雨の日に無理をしないのも継続。」
全部、正しい。たぶん。
しかし最後に、「だからポテトチップス食べてもいい。」だけは、たぶん違う。
そこで私は考えた。走れない日は、走る以外のことをすればいい。
ストレッチをする。体を休める。次のランニングのことを考える。
そして何より、「走れなかった自分」を責めない。
継続というのは、毎日絶対に走ることではない。走れる日に走る。休む日に休む。そしてまた走れる日に、何事もなかったようにシューズを履く。
それでいい。
……とはいえ。
雨が止んだ瞬間、私は窓を開ける。外を見る。まだ少し降っている。
私は時計を見る。もう一度、窓を見る。シューズを見る。また窓を見る。
そして思う。「……小雨なら、いけるか?」
すると雨が、ザーッ!!と強くなった。
完全に断られた。
どうやら今日の私は、空から不採用通知を受け取ったらしい。
仕方がない。今日は走らない。明日走る。
明日の自分に、今日の自分ができることは、ちゃんと休んでおくこと。
そしてもう一つ。明日の自分に、「昨日の雨、ありがとう。」と言わせないこと。
なぜなら、雨が止んだら私は走るからだ。
たぶん。
……いや、走る。
……走る予定。
……走りたい。
……天気予報を見る。
出典:筆者のTikTok投稿
2026/10/2
70kgとの長期契約
🏃 この日の記録:3.03km・15:28・5'06"/km
adidas Runningで3km走った。
本日の公式発表。
「3kmを走りました」
以上。
なお、政府からのコメントはありません。
平均ペースは1km5分。
これ以上速く走れるか?
走れない。
正確には、
「走れないというより、走ったら何かの契約に違反する気がする」
というレベル。
5分/km。
今の私にとって、この数字は単なるペースではない。
国境である。
4分59秒/kmの世界には、まだ入国許可が下りていない。
パスポートを持っていない。ビザもない。
そもそも入国審査官に、「あなたは何の目的で来ました?」と聞かれたら、「速く走るためです」と答えなければならない。
たぶん追い返される。
そして、もう一つ問題がある。
体重。
70kg。
何をしても70kg。
走っても70kg。
筋トレしても70kg。
ちょっと食事を減らしても70kg。
たぶん私の体の中に、「70kg」という看板を掲げた不動産屋がいる。
私が、「そろそろ退去してもらえませんか?」と言っても、
「こちらの物件、非常に気に入っていただいておりますので」
と居座っている。
家賃を払っているのは私なのに。
しかも最近では70kgにも妙な貫禄が出てきた。
69kg台になる気配がない。
69.9kgという数字を一瞬見せて、「おっ!」と思わせておいて、
翌朝、70.2kg。
完全に詐欺。
希望を見せてから回収してくる。
そんなことをされながら今日も3km走った。
5分/km。
体重70kg。
結果だけを見ると、「何も変わってない」ように見える。
でも、よく考えたら変わっている。
以前の自分は、走る前から、「今日は走るのやめようかな」という高度な作戦会議を脳内で開催していた。
今は、とりあえず靴を履いて外に出る。
これは大きな進歩。
靴という文明の利器に頼りながら、原始人のように道路を走っている。
しかも40代。
よく考えたら、人生の後半戦に入ってから、「もっと速く走りたい」とか言っている。
何を目指しているのか。誰に追われているのか。
分からない。
ただ、ゴールだけはある。
フルマラソン。
いつか42.195km。
今は3km。
残り39.195km。
数字だけ見ると絶望的だが、よく考えたら今日走った3kmも、最初は0kmだった。
0から3になった。
次は3から5。
その次は5から10。
そしてその先。
……と、壮大な計画を立てている横で、体重計が70.0kgを表示している。
「お前は何も進んでないけどな」
という顔をしている。
うるさい。
お前はまず69.9kgを経験させてくれ。
ということで現在、
3km。
5分/km。
70kg。
これが私の最新データ。
まだまだ伸びしろしかない。
……伸びしろしかないということは、逆に言えば、今はほぼ伸びていないということでもある。
そこは認める。
でも、走る。
なぜなら私は、70kgを減らすために走っているのか、フルマラソンを走るために走っているのか、最近もう自分でも分からなくなってきたからだ。
ただ一つだけ確かなことがある。
今日も3km走った。
そして明日も体重計に乗る。
たぶん70kg。
そのときはもう、「おはよう、70kg」ではなく、
「お前、まだおるんか」
と言おうと思う。
70kgとの長期契約。
途中解約を目指します。
出典:筆者のTikTok投稿
2026/9/30
久しぶりの3キロ
🏃 この日の記録:3.04km・15:22・5'03"/km
雨の日☔が続いていたので走れずじまいでしたが、今日久しぶりに3キロランニング🏃♂️完走
チョコザップ➕ランニングはまだまだ体力と体重の重さでついていけない。
このコンビネーションをなんとか余裕をもってルーティン化したい。
まだまだ先は長い💦
出典:筆者のTikTok投稿
2026/9/26
【5km走りました。しかも朝です。】
🏃 この日の記録:5.31km・27:51・5'15"/km
【5km走りました。しかも朝です。】
事件です。
本日、私は……5kmを走りました。
しかも、朝です。
これは私にとって、かなり大きな出来事です。
なぜなら、少し前まで私は、「3km走ったら今日はもう十分」という人間だったからです。
3km。それが私の中では一つの国境だった。
2.9kmまでは日本。3.0kmを超えた瞬間、未知の領域。
そこから先には、「これ以上走ると何かが起こります」という見えない看板が立っていた。
ところが本日。私はその看板を、普通に通過しました。
しかも朝。朝ですよ。
人間がまだ、「今日は何曜日だったっけ?」と布団の中で曜日確認をしている時間。
私は外に出た。そして走った。
5km。完走。
これはもう、小さな奇跡である。いや、大きな奇跡ではない。なぜなら5km走っただけだから。でも本人からすると、かなり大きい。
人間というものは不思議な生き物である。
昨日まで、「3km走れるかな……」と言っていた人間が、5km走った瞬間、「10km……いけるんじゃないか?」と考え始める。
そして10km走った人間は、「ハーフ……」と呟き、ハーフを走った人間は、「フル……」と呟く。
そしてフルを走り終えた人間は、「もう二度と走らん」と言う。
なのに数週間後、また大会に申し込んでいる。
人類は、何度でも同じことを繰り返す。
これを私は、「マラソンの罠」と呼んでいる。ちなみに正式名称かどうかは知らない。
今朝、走り始める前は、「今日は5km走ってみよう」くらいの気持ちだった。
ところがスタートしてみると、身体が意外と動く。
1km。「お、いける」
2km。「まだいける」
3km。「ここから未知の世界」
4km。「……あれ?」
5km。完走。
その瞬間、私は立ち止まった。そして空を見上げた。
そこには、普通の朝の空があった。
鳥も飛んでいた。車も走っていた。人も歩いていた。
世界は何も変わっていない。
しかし私の中では、何かが変わっていた。
昨日の私より、今日の私は2km長く走れる。
たった2km。されど2km。
これは距離の話ではない。「もう少し先へ行ってみよう」と思えたことが大きい。
そして私は、少し恐ろしいことを考え始めた。
「……10km、いけるんじゃないか?」
出ました。人間の悪い癖です。
5km走った直後に、次の目標を考え始める。
普通なら、「今日は5km走れて偉かった!」で終わればいい。
それなのに、脳みそが勝手に次のステージを作る。
5km。
↓
10km。
↓
ハーフ。
↓
フル。
↓
42.195km。
最後だけ数字がおかしい。
急に、42.195。小数点まで付いている。
誰だ。こんな距離を考えた人は。
3kmで苦しんでいた私からすると、42.195kmは、もはや距離ではない。地名です。
「ちょっと42.195まで行ってきます」と言われたら、私はたぶん、「どこそれ?」と聞く。
しかし、いつかそこへ行ってみたい。
もちろん、今の私にはまだ遠い。
5kmを走って、「今日は頑張ったな」と思っている人間が、42.195kmを走る。冷静に考えれば、かなり無謀です。
でも、挑戦って、最初からできることをやるものではない。
「今の自分には少し遠い」くらいの場所を、少しずつ近づけていくものだと思う。
だから、まず5km。
次は6kmかもしれない。7kmかもしれない。10kmまで行けるかもしれない。
途中で、「やっぱり3kmでいいです」となるかもしれない。
それも含めて、全部記録していきたい。
昔は10km走っていた。でも、長いブランクがあって、今は3kmからやり直している。
昔の自分と比べれば、今はまだまだ。
でも、昨日の自分と比べれば、今日は少し前に進んだ。
それでいい。
そして何より、朝に5km走った。これが地味に嬉しい。
朝ランニングって、始める前が一番難しい。
布団の中にいる自分と、外に出ようとしている自分。この二人が毎朝、激しい交渉をしている。
布団の自分:「今日は休んだら?」
ランニングの自分:「いや、走ろう」
布団:「まだ眠いよ?」
ランニング:「5kmだけ」
布団:「昨日も頑張ったじゃん」
ランニング:「……」
ここで危ない。
そして最後に、布団が最強の一言を放つ。
「寒いよ?」
終了。
しかし今日は、その布団の誘惑を振り切った。
私は外へ出た。そして5km走った。
これは、フルマラソンへの第一歩。
……いや。正確には、3kmから5kmになったので、第一歩から第二歩くらい。
まだ全然序盤。
物語で言えば、主人公が村を出たばかり。魔王なんて、まだ見えていない。
たぶん今の私は、村の入口で靴ひもを結んでいる。
でも、ここから始めます。
3kmだった男が、5kmを走った。
次は10kmを目指す。
その先にハーフ。
そして、いつか42.195km。
フルマラソンを、自分の脚で走り切る。
それが今の目標です。
もちろん、簡単じゃない。途中で苦しくなると思う。脚も痛くなる。心も折れる。「もう無理」と思う日もあると思う。
でも、そのたびに、今日の5kmを思い出したい。
「3kmで限界だと思っていたけど、5kmまで来たじゃないか」と。
だから今日の5kmは、単なる5kmじゃない。
未来の42.195kmにつながる5km。
そう考えると、朝から走っただけなのに、なんだか人生が壮大になってきた。
そして、ここまで読んでくれた皆さん。ありがとうございます。
これから、3kmから始まったこの男が、どこまで行けるのか。
一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。
5km。10km。ハーフ。そしてフル。
いつか、42.195kmを走り終えたところで、この最初の5kmを見返して、
「あの頃は5kmでこんなに喜んでたんだな」
と笑える日が来たら最高です。
出典:筆者のTikTok投稿
2026/9/23
3.01km。これが現在の私の限界である。
🏃 この日の記録:3.01km・15:19・5'05"/km
3.01km。
これが現在の私の限界である。
いや、正確には「限界」という言葉すら少し違う。
3kmを走り終えた私の肉体は、「ここから先は立入禁止です」という看板を、筋肉全員で掲げている。
本日の記録。
🏃♂️距離:3.01km
⏱時間:15分19秒
💨平均ペース:5:05/km
たった3km。たった15分19秒。
数字だけを見ると、「まあ、ちょっと走っただけですね」という非常に平和な結果である。
しかし本人にとっては違う。
これはもはや、小さな冒険。
いや、中規模の遭難。
走り始めは元気だった。「今日は軽く3kmいこう」そう思っていた。
ところが2kmを過ぎたあたりから、身体の中で異変が起き始める。
まず肺が言った。「そろそろ帰りません?」
心臓が言った。「私はまだいけます」
脚が言った。「私は聞いてません」
そして脳が言った。「帰ったらアイス食べよう」
全員がバラバラである。
組織として終わっている。
それでも3kmを走り切った。15分19秒。
ゴールした瞬間、私は立ち止まった。そして思った。
「……これを42.195kmやるのか?」
フルマラソン。42.195km。3kmの約14倍。
つまり今日の疲労を、約14回繰り返すということだ。
考えてはいけない数字だった。しかし、考えてしまった。
3km走って息を切らしている男が、42.195kmを走ろうとしている。
これは例えるなら、
「近所のスーパーまで自転車で行けるようになったから、次は北海道まで行こう」
くらいの話である。
しかも現在、北海道への行き方すら知らない。
それでも私は決めた。フルマラソンに挑戦する。
なぜなのか。自分でもよく分からない。
数年前なら、「42km走る人って、何か特殊な訓練を受けているのでは?」と思っていた。
マラソン大会を見ても、「なぜ人間は、わざわざ自分から苦しい方向へ進むのか」と不思議に思っていた。
ところが今、その「なぜか」の人間になろうとしている。
人生とは恐ろしい。
昨日まで他人だった人種に、今日から自分が加入する。
しかも入会金は高い。
シューズ。ウェア。時計。補給食。大会エントリー。
そして、筋肉痛。
最後だけ無料で付いてくる。
現在は3km。ここから5km。そして10km。その先にハーフ。
そして最終目的地、42.195km。
もちろん簡単ではない。むしろ、今の私からするとかなり遠い。
でも、だから面白い。
「最初から42km走れる人」ではなく、3kmしか走れない人間が、42kmを目指していく。
その過程を全部残してみたい。
5km走れた日。10km走れた日。ハーフを走れた日。
そして、「もう無理だ」と言いながら、なぜか次の日また走っている日。
そんな姿を記録していきます。
ちなみに私は昔、10kmを走っていた時期がある。
5年前の記録を見ると、「あれ?」となる。
昔の自分、普通に10km走っている。
今の自分、3kmで人生について考えている。
同じ人間なのに、OSが違う。
昔の自分から現在の自分にメッセージを送れるなら、こう言いたい。
「お前、5年後めっちゃ弱くなるぞ」
そして現在の自分から未来の自分には、こう言いたい。
「すまん。これから鍛える」
そこからさらに未来の自分が、42.195kmを走っていることを願う。
もちろん、まだ何も達成していない。今はただの3km。
でも、すべての長距離ランナーも、最初の一歩は1kmだったはず。
その1kmが2kmになり、2kmが3kmになり、3kmが5kmになり、5kmが10kmになり、10kmがハーフになり、ハーフがフルになる。
……予定である。
予定は自由だ。身体が許可するかどうかは知らない。
ただ、ひとつだけ決めた。
「無理そうだからやめる」ではなく、
「無理そうだから、どこまで行けるか試してみる」。
今の自分には、それくらいがちょうどいい。
3.01km。たった3km。
でも、42.195kmへの旅は、今日ここから始まった。
……とはいえ。
本日のランニング終了後、私は水を飲みながら、かなり真剣な顔で考えた。
「42kmって……」
「途中でタクシー乗ったらダメなのかな?」
その瞬間、マラソンの神様からLINEが来た。
既読をつけずに、そっとスマホを伏せた。
まずは5km。話はそれからだ。🏃♂️🔥
3kmしか走れない男が、フルマラソンを目指す。
この無謀な物語、一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。
次回、「5km走ってみたら、脚が私のものではなくなった」をお楽しみに。
……たぶん走ります。
たぶん。
いえ、走りません。しばらく3キロです。
出典:筆者のTikTok投稿
2026/9/21
5年前の自分から、現在の自分へ。
🏃 この日の記録:3.11km・16:06・5'11"/km
5年前の自分から、現在の自分へ。
突然ですが、ランニングの成長記録を発表します。
まずはこちら。
📅 2021年10月24日
🏃♂️距離 10.69km
⏱時間 56分09秒
🏃平均ペース 5:15/km
そして本日。
📅 2026年9月21日
🏃♂️距離 3.11km
⏱時間 16分06秒
🏃平均ペース 5:10/km
…………。
おかしい。何かがおかしい。
普通、5年も経ったら、「昔より走れるようになりました!」となるはずだ。
ところが私は違う。
10.69km → 3.11km
約7.58km減。壮大に減った。
5年前の私は、「10km走ってきました」と言っている。
現在の私は、「3km走りました」と言っている。
しかも、どちらも同じ人間である。住所もたぶん同じ。DNAもたぶん同じ。
しかし、走行距離だけが別人。
5年前の私が今の私を見たら、たぶんこう言う。
「お前……何があった?」
私も答えられない。むしろ私が聞きたい。
「お前……何があった?」
⸻
そして、ここからが本日の重要ポイント。
距離は、10.69kmから3.11kmへ。
ところが平均ペースは、5:15/km → 5:10/km になっている。
おい。どういうことだ。
5秒だけ速くなっている。
たった5秒。しかし、この5秒を私は見逃さない。
なぜなら、人間というものは、都合のいい数字だけを見つける能力に長けているからだ。
10km走れなくなった。
↓
「でも5秒速くなった!」
素晴らしい。ポジティブシンキング。もはや才能。
会社の評価面談なら、「以前より走行距離は70%以上減少しました」と言われた瞬間、私は静かに資料を閉じる。
しかし、「ただし平均ペースは5秒向上しています」と言われた瞬間、私は立ち上がる。
「それです!」
何がそれなのかは、本人にも分かっていない。
⸻
5年前の私は、10kmを走っていた。たぶん、体力もあった。勢いもあった。
そして何より、未来の自分がこんなことになるとは知らなかった。
それから約5年。仕事。生活。いろんなこと。
走る時間が少しずつ減った。
そして気がつけば、ランニングから遠ざかっていた。
ランニングシューズも、たぶん私より長い時間、玄関に立っていた。
靴からしたら、「この人、また履く気あるのかな?」と思っていたかもしれない。
いや、靴はしゃべらない。
でも、あの沈黙には何かあった。絶対に。
⸻
そして2026年。私は再び走り始めた。
現在、3km走るのが精一杯。5分10秒/km。
3kmを走り終える。息が上がる。足が重い。
そして、スマホを見る。
「3.11km」
私は思う。
「よくやった。」
5年前の自分からすれば、たった3km。
でも、今の自分にとっては、3km走ったこと自体がニュースである。
昔は10km走れた。今は3km。
数字だけを見れば、明らかに後退している。
しかし、不思議なことに、気持ちは少し違う。
なぜなら、5年間止まっていた時計を、もう一度動かし始めたからだ。
⸻
そして今日、もう一つ気づいた。
5年前。10.69km。5:15/km。
現在。3.11km。5:10/km。
つまり私は、距離は大幅に失ったが、5秒を手に入れた。
なんという人生だ。
10kmという大地を失い、5秒という小さな領土を獲得した。
これは戦争なのか。ランニングなのか。それとも、ただの自己満足なのか。
答えはまだ出ていない。
ただ一つだけ確かなことがある。
今日の私は、5年前より5秒速い。
そして、5年前より7.58km短い。
つまり、私は前進しながら後退している。
そんなことが可能なのか。
可能だった。
私のランニングアプリが証明している。
⸻
でも、ここからです。
今は3km。そのうち5km。そして10km。
いつかまた、10kmを普通に走れるようになりたい。
さらにその先には、フルマラソン。
昔、10km走れていた自分を、もう一度取り戻す。
いや、できれば、昔の自分を超えたい。
そしていつの日か、2021年の記録を見ながら、こう言いたい。
「懐かしいな。」
「10kmか。」
「昔はこれくらい走ってたな。」
……と言いながら、その横で、現在の私は、20km走っている。
そうなったら最高だ。
さらに30km。そしてフルマラソン。最終的には、42.195km。
そこまで行ったら、もう5年前の自分に会って、肩を叩いて言いたい。
「お前、安心しろ。」
「一回めちゃくちゃ遠回りするぞ。」
「でも、また走り始めるから。」
……。
そして、2021年の自分が聞く。
「どれくらい走れるようになる?」
私は答える。
「42.195km。」
2021年の自分、「すげえ!」
私、「ただし、その前に一回3kmで死にそうになる。」
2021年の自分、「…………。」
私、「しかも5年前より5秒速い。」
2021年の自分、「それだけ?」
私、「それだけ。」
⸻
ということで、本日の結論。
5年前 10.69km 56分09秒 5:15/km
↓
今日 3.11km 16分06秒 5:10/km
距離、大幅ダウン。
ペース、微妙にアップ。
そして、やる気、復活。
ランニングというものは、速くなることだけが成長じゃない。
10km走れる日もある。3kmで終わる日もある。
それでも、「また走ろう」と思えたら、それも一つの前進。
だから私は、今日も走る。
まずは3km。次は5km。その次は10km。そしていつか、フルマラソン。
……ただし、足にはまだ相談していない。
足は現在、「3kmで十分です」と言っている。
私は、「5kmくらいなら……」
足、「労働組合を結成します。」
私、「すみませんでした。」🏃♂️💨
5年前より走れなくなった。
でも、5年前より、もう一度走り始めることができた。
そして今日、5年前より5秒だけ速かった。
人生とは、案外こういう、どうでもいいようで、本人にはものすごく嬉しい5秒の積み重ねなのかもしれない。
次回、「3kmの男、5kmを目指す」
乞うご期待。
なお、足の出演許可はまだ下りていません。
出典:筆者のTikTok投稿
2026/9/21
誰が私を0.11km走らせた
🏃 この日の記録:3.11km・16:06・5'11"/km
本日、私は走った。
正確には、3.11km。
時間にして、16分06秒。
平均ペース、5分10秒/km。
これだけ聞くと、非常に健康的である。
朝から爽やかにランニング。汗を流し。心拍数を上げ。身体を鍛え。そして人生を前向きにする。
そんな人間に見える。
しかし、実際に走っている本人の頭の中は、そんなに爽やかではない。
走り始めて約500m。「今日は軽いな」そう思った。
1km。「お、いけるじゃないか」
1.5km。「これは……もしかして……」
2km。「俺、速くなってるんじゃない?」
ここまでは良かった。問題は、その次である。
2.3km。突然、脳内に小さな男が現れた。
男は言った。「今日は3kmでいいんじゃない?」
私は答えた。「いや、もう少しいけるだろ」
男は言った。「でも昨日の自分、そんなに偉くなかったよ?」
腹が立った。
なぜ昨日の自分が今日の自分を査定しているのか。
そもそも昨日の自分に人事権を与えた覚えはない。
私は走った。
2.5km。
足が言った。「そろそろ帰ろう」
肺が言った。「同意します」
心臓が言った。「私は契約社員なので何とも言えません」
身体の各部署が、次々と離脱していく。
それでも走った。
なぜなら、ここまで来たら3kmを超えたい。
これはランニングではない。
もはや、自分と自分による小規模な内戦である。
2.8km。景色が少し変わった。
いや、景色は変わっていない。私の認識がおかしくなっていた。
電柱が応援しているように見える。
自動販売機が、「あと200mですよ」と言っているように見える。
もちろん自動販売機は何も言っていない。ただ立っている。
なのに私は、「ありがとう」と心の中で返していた。
2.9km。ここで最後の敵が現れた。
「もう3kmで終わりにしよう」という誘惑である。
これは強い。非常に強い。
なぜなら、3kmという数字には、妙な完成感があるからだ。
3km。キリがいい。
3.01km。なんか気持ち悪い。
3.11km。
……。
なぜ私は、3.11kmまで走ったのだろう。
自分でもよく分からない。
そして記録を見る。
3.11km。16分06秒。5:10/km。
私は画面を見つめた。すると、あることに気づいた。
「3.11」
なんだか妙に細かい。
3kmではない。3.1kmでもない。3.11km。
まるで誰かが、「あと0.11kmだけ行ってください」と、耳元で囁いたかのようだ。
誰だ。
誰が私を0.11km走らせた。
調べても犯人はいない。
たぶん自分だ。
しかし、自分ほど信用できない犯人もいない。
なぜなら自分は、「今日は軽く走るだけ」と言って家を出たからだ。
そして16分後、なぜか3.11km走っている。
これはもう、軽く走った人間の姿ではない。
私は気づいた。
ランニングとは、速く走ることでも、長く走ることでもない。
昨日の自分が、「どうせ今日も途中でやめるんだろ?」とニヤニヤしているところへ行って、
無言で3.11km走って帰ってくることなのだ。
そして今日の私は帰宅した。
靴を脱いだ。水を飲んだ。椅子に座った。
足を見る。足は何も言わない。肺も何も言わない。心臓も静かになった。
平和が戻った。
そのとき、スマホを見る。ランニング記録が表示されていた。
3.11km
16:06
5:10/km
私は思った。「よくやった。」
そして、もう一度思った。「次は5kmいけるんじゃないか?」
その瞬間。足が、「調子に乗るな」と言った。
……。
足には逆らえない。
本日のランニング、無事終了。
しかし、私の中では新しい戦争が始まった。
「5km」という名前の戦争が。
⸻
昔は走ることから離れていた。
仕事や生活のこと。いろんなことが重なって、走る時間も、走ろうと思う気持ちも、少しずつ遠くなっていた。
でも今、もう一度走っている。
3kmしか走れない日もある。
5分台で苦しくなる日もある。
途中で、「もう無理や」と思う日もある。
それでも、靴を履いて外へ出た時点で、昨日の自分とは少し違う。
だから今は、速さだけを追いかけるのではなく、「また走れた」という事実を積み重ねていきたい。
3km。そして5km。その先に10km。さらにその先には、いつかフルマラソン。
昔の自分が見たら、「何を目指してるん?」と聞くと思う。
私も知らない。
ただ一つ分かっている。
走り続けていると、人生には不思議なことが起こる。
昨日まで、「3kmで限界」だった人間が、ある日突然、「5km走ってみようかな」と言い始める。
そのうち、「10kmいけるかな」と言い始める。
さらに、「フルマラソン……」とか言い出す。
そして最終的には、大会のエントリーボタンを押してしまう。
恐ろしい。
ランニングとは、人間の判断力を少しずつ奪っていくスポーツなのかもしれない。
最初は健康のためだった。
次に体力づくり。
その次にタイム。
そして最終的には、「あと30秒縮めたい」などと言い出す。
誰か止めてほしい。
でも、たぶん誰も止めない。
なぜなら、走っている本人が一番楽しそうだから。
というわけで、本日の結果。
3.11km
16分06秒
平均5:10/km
まだまだ速くない。まだまだ長く走れない。
でも、少しずつ前へ。一歩ずつ。
たまに息切れしながら。たまに足に怒られながら。
そして最終的には、足に謝りながら。
それでも走ります。
次は、5km。
……たぶん。
いや、もしかしたら。
その前に足が労働組合を結成するかもしれない。
その場合は、話し合います。
たぶん、私が負けます。🏃♂️💨
「3km走れた」ではなく、
「3kmしか走れない自分でも走った」
今日は、それで十分。
そして明日の自分へ。
あまり期待するな。
でも、ちょっとだけ期待しておけ。
人生は、意外とそのくらいがちょうどいい。
出典:筆者のTikTok投稿
2026/9/19
腹痛リタイアからのリベンジ
🏃 この日の記録:3.02km・15:31・5'08"/km
今日もチョコザップ🏋️♀️からの3キロランニング🏃♀️
通常チョコザップは筋トレしかしないのですが、今日は初めてランニングマシーンにのってみました。ただ、スピード慣れしてなかったので3分で断念。もう少し身体を整えてから挑戦します。
にしても🏋️♀️してたら体重が逆に増えるという現象が😱😱😱
バランス良く有酸素運動も大事だなー、と。
前回の腹痛リタイアからリベンジランニング🏃になりました。
出典:筆者のTikTok投稿
2026/9/14
突然の腹痛で0.5キロリタイヤ
🏃 この日の記録:0.52km・3:02・5'50"/km
突然の腹痛で今日は0.5キロ🏃でリタイヤ
まだ、走る身体ではないくらい重い。
鉄か鉛のような重さだわ。
10キロ、ハーフマラソン、フルマラソンなんてまだまだ先の話になりそうだわこれでは
出典:筆者のTikTok投稿
2026/9/11
恒例の仕事後チョコザップからの3キロ
🏃 この日の記録:3.05km・15:51・5'12"/km
恒例の仕事後チョコザップからの3キロランニング🏃
チョコザップはほぼ全マシーン30キロに慣れてきた🏋️♀️15回の3セットメニュー。
会社の後輩がエニタイムフィットネスに通い始めたので、密かにライバル心芽生えています笑
筋トレにしても仕事にしても何事もライバルがいてるから継続したり、自分を追い込んだり、限界を突破したり、我慢できたり、成長できたり、できる部分があると思う。
それでも私は私を律して頑張れるタイプですがwww
にしても体重が重すぎる。
減量も意識しないと。単に食べ過ぎのところをどうにかしないといけないと思いつつ我慢できない。食欲に打ち勝つにはどうすれば良いのかどなたか教えてください
出典:筆者のTikTok投稿
2026/8/31
【8月、3キロ走りました。】
🏃 この日の記録:3.25km・17:12・5'18"/km
【8月、3キロ走りました。】
突然ですが、私は8月を生き延びました。
そして何より重要なのは、
「8月、3キロ走りました。」
という事実です。
……いや、正確には毎回3キロです。
「8月に3キロ走った」ではありません。
「8月、3キロランニングを継続しました。」
ここには、とてつもなく大きな違いがあります。
前者なら、「8月3日に3キロ走ったんですね」で終わります。
後者になると、「この男、8月という一ヶ月間、何度も3キロを走り続けたらしい」という、ほんの少しだけ人間の尊厳が発生します。
私はその尊厳を、adidas Runningアプリに預けました。
8月1日。私は走りました。3キロ。
その瞬間、スマホが言いました。
「お疲れさまでした。」
私は思いました。
「誰だ、お前。」
いや、アプリです。知っています。
しかし、そのとき私は少し感動しました。
機械が私の努力を認めてくれた。人間社会では、なかなかありません。
会社では、「それ、昨日やる予定だったよね?」と言われる。
家では、「別に頼んでないけど。」と言われる。
しかしadidas Runningだけは違った。
「3キロ走りましたね。」と記録してくれる。
私はその瞬間、「ここが私の居場所かもしれない。」と思いました。
8月3日。また走りました。3キロ。
8月7日。3キロ。
8月10日。3キロ。
そして私は気づきました。
「……待て。」
「俺、同じことしかしてない。」
毎回、走る。3キロ。終了。記録。終了。
そして翌日には、また普通の人間に戻る。
これはランニングなのか。それとも、3キロを使った何かの儀式なのか。
私は調べました。Googleに聞こうと思いました。
「3キロ 何回 走る 意味」
しかし怖くなってやめました。
Googleに、「あなたは何を目指しているんですか?」と聞かれそうだったからです。
そんなことを考えながら、私は走り続けました。
そして8月も後半。
ある日、ランニング前にスマホを開くと、adidas Runningの記録が表示されました。
私はじっと見つめました。
そこには、「今月も走っています。」という、私の知らない私がいました。
私は思いました。
「お前、誰だ。」
もちろんアプリです。でも、もしかすると違う。
8月の私は、走っている私と、走ろうとしている私と、走ったことを記録している私。この3人で構成されていたのです。
走っている私は言いました。「今日は3キロ。」
走ろうとしている私は言いました。「暑い。」
記録している私は言いました。「でも3キロ。」
暑い。汗。息切れ。脚の重さ。そして、3キロ。
人類は長い歴史の中で、火を発見し、車輪を発明し、月へ行きました。
私は8月、3キロ走りました。
文明の進歩とは、案外こういうことなのかもしれません。
そしてある日。私は3キロを走り終えました。
止まった瞬間、私は思いました。「……終わった。」
しかし、終わっていません。次のランニングが待っています。
ランニングとは、ゴールに向かうスポーツではない。
次のランニングを発生させるためのスポーツなのです。
3キロ走る。疲れる。休む。また走る。そしてまた3キロ。
この繰り返し。
私は気づきました。これは人生そのものです。
……いや、人生を3キロに圧縮しただけです。
朝起きる。仕事へ行く。帰る。寝る。また朝。
私は、「これと同じじゃないか。」と思いました。
ただし人生は、「今日は3.02キロです。」とは言ってくれません。
その点、adidas Runningは優秀です。
距離を測ってくれる。時間を測ってくれる。走った事実を残してくれる。
つまり、「今日も何かをやった。」という証拠を、未来の自分に残してくれる。
私はそれが少し嬉しくなりました。
たとえ3キロでも。たとえタイムが速くなくても。
たとえ途中で、「なんで俺はこんなことしてるんだ」と思っても。
走った。
それだけは消えない。
8月31日。私はスマホを見ました。8月のランニング記録。
そこには、何度も何度も、3キロ。3キロ。3キロ。3キロ。と並んでいました。
私はその画面を見ながら、静かに言いました。
「……よくやった。」
すると後ろから、もう一人の私が現れました。
「誰に言ってるの?」
私は答えました。「8月の俺。」
もう一人の私は、「じゃあ9月は?」と聞きました。
私は黙りました。
窓の外を見る。夏の終わり。蝉の声。汗の匂い。そして、ランニングシューズ。
私はゆっくり立ち上がりました。
「9月も走る。」
もう一人の私は言いました。「何キロ?」
私は答えました。「……とりあえず3キロ。」
すると、部屋の隅に置いてあったスマホが突然、ピコーン。と鳴りました。
私は驚きました。「何だ?」
画面を見る。adidas Running。
そこには、「新しい目標を設定しましょう。」と書いてありました。
私はスマホに向かって言いました。「お前……」
スマホは何も答えません。
私は続けました。「俺が8月に3キロを何度も走ったことを知ってるな?」
当然、スマホは答えません。
「じゃあ、俺が次に何をするかも分かってるのか?」
当然、答えません。
私は少し怖くなりました。
そして画面を閉じようとした、その瞬間。私は気づきました。
画面に映っている自分の顔。汗だく。少し疲れている。でも、ちょっとだけ笑っている。
私は思いました。「まあ、いいか。」
速くなくてもいい。長くなくてもいい。昨日より少しだけ動けたらいい。
そして、また3キロ走ればいい。
そう思った瞬間、スマホがもう一度、ピコーン。
私は画面を見ました。「9月の目標を設定してください。」
私はしばらく考えました。そして入力しました。「3キロ。」
送信。
すると、「目標を保存しました。」と表示された。
私はスマホを置きました。そして、「よし。」と言いました。
すると隣の部屋から、誰かの声がしました。
「また3キロ?」
私は答えました。「また3キロ。」
「それ、いつまで続けるの?」
私は少し考えて、答えました。「知らん。」
「10キロは?」「そのうち。」
「5キロは?」「気が向いたら。」
「フルマラソンは?」「急に話がデカい。」
静寂。
そして私は、ランニングシューズを見つめました。
シューズは何も言いません。でも、なぜか少しだけ笑っているように見えました。
……怖い。靴まで意思を持ち始めた。
私は急いで部屋を出ました。
8月。3キロ。また3キロ。そして9月。たぶんまた3キロ。
人類は月へ行った。私は近所を3キロ走る。
壮大な宇宙開発と比べれば、ものすごく小さい。
しかし、昨日の自分より少しだけ遠くへ行く。それだけなら、誰にでもできる。
だから私は走ります。3キロ。今日も3キロ。
そしていつの日か、「3キロなんて余裕です。」と言える日が来るかもしれない。
……そのとき私は、次の敵と出会う。
5キロ。5キロの向こうには、10キロがいる。
10キロの向こうには、ハーフマラソンがいる。
そしてその先には、フルマラソンという、名前だけで既に怖い存在がいる。
でも今はまだ、3キロ。3キロでいい。
8月、私は3キロを継続できました。
これは世界記録ではありません。誰かから表彰されるわけでもありません。新聞にも載りません。たぶん、町内会にも知られていません。
でも、私のadidas Runningには残っています。
そして、私自身にも残っています。
「俺は8月、走った。」
それだけでいい。
8月の自分、お疲れさま。
9月の自分、よろしく。
そして3キロ。また、よろしく。
……ただし、雨の日は、できれば休ませてください。
あなたにも、事情というものがあるでしょう。
以上、「8月、3キロを継続した男」からの報告でした。
なお、本人は現在、9月の目標を3キロに設定したことを、少し後悔しています。
なぜなら、目標を設定した瞬間から、スマホが、「逃げられませんよ。」という顔をしているからです。
怖い。でも走る。3キロ。
それが、今の私の小さな革命です。🏃♂️💨
出典:筆者のTikTok投稿
2026/8/27
いつもの3キロとステップン
🏃 この日の記録:3.28km・18:47・5'44"/km
チョコザップ🏋️♀️終了からのいつもの3キロランニング🏃
久しぶりにステップンのアプリ起動させてみました。懐かしかった。全然使い方わからなくなってる。
汗のかく量が異常だわ。
まだまだ若いってこと⁉️
出典:筆者のTikTok投稿
2026/8/24
仕事後の筋トレ30分からランニング3キロ
🏃 この日の記録:3.24km・17:06・5'17"/km
今日も仕事後の筋トレ🏋️♀️30分からランニング3キロ
あー老いと体重の重さと衰えを感じざるを得ない。
40代後半でどこまで復活するのかチャレンジであり楽しみです。
この組み合わせをなんとか習慣にしていきたい
出典:筆者のTikTok投稿